「満天の星を見上げたとき、しばらく言葉が出なかった」「大きな木の下に立った瞬間、悩んでいたことが急に小さく感じた」。こうした経験に心当たりがある方は多いのではないでしょうか。結論から言えば、この感覚は「畏敬(awe)」と呼ばれる独立した感情として心理学で研究されており、自分という存在の小ささを心地よく感じる、数少ない感情の一つだと考えられています。本記事では、畏敬(awe)について以下のポイントを中心に解説します。

ぜひ最後までお読みください。

畏敬(awe)とはどんな感情か

畏敬(awe)は、圧倒的に大きなものに触れたときに生まれる、驚きと少しの戸惑いが混ざった感情だと考えられています。心理学者のダッカー・ケルトナーとジョナサン・ハイトは2003年の論文で、畏敬を独立した感情として理論的に整理しました。二人は畏敬の中心的な要素として「圧倒的な広がり(vastness)」と「その体験を今までの理解の枠組みでは処理しきれない感覚(need for accommodation)」の二つを挙げています。

「広がり」は、物理的な大きさに限りません。夜空の星の数、交響曲の音の重なり、誰かの並外れた道徳的な行い、数式が示す宇宙の仕組みなど、規模・複雑さ・美しさ・力強さのどれかが、自分がそれまで持っていた理解の枠を超えていると感じられたときに、畏敬は生まれやすいとされています。つまり畏敬は「大自然だけの感情」ではなく、音楽・芸術・科学的な発見・人の善意など、幅広い対象に対して起こり得る感情です。

畏敬は、自分という存在の小ささを心地よく感じられる、数少ない感情の一つだと考えられています。

この「自分が小さく感じられる」という感覚は、後述する「small self(小さな自己)」という考え方につながっていきます。次の章では、畏敬を感じているときに心と体で起きているとされる変化を見ていきます。

畏敬を感じているとき、心と体で何が起きているか

自分への注目が薄れ、周囲や他者への意識が広がる

畏敬を感じているとき、自分自身への注目が一時的に薄れ、自分より大きな何かとのつながりを意識しやすくなると考えられています。心理学者ポール・ピフらが2015年に発表した5つの研究では、雄大な木立の前に立つ、宇宙の壮大さを描いた映像を見るといった畏敬体験のあとで、参加者の「小さな自己(small self)」の感覚が強まり、経済ゲームでの気前のよさや、他者を助ける行動が増える傾向が確認されています。研究チームは、この「小さな自己」の感覚が、畏敬と向社会的な行動(他者のためになる行動)とを結ぶ仲介役になっている可能性を指摘しています。

炎症マーカーとの関連は、相関研究の段階にとどまる

畏敬をよく感じる人は、体の炎症反応と関わりの深いインターロイキン6(IL-6)という物質の値が低い傾向にある、という報告もあります。心理学者ジェニファー・ステラーらが2015年に発表した研究では、日常的にポジティブな感情をどれだけ感じているかを尋ね、健康な成人の唾液や血液中のIL-6値との関連を調べたところ、複数の感情の中でも畏敬が最も強くIL-6の低さと関連していたとされています。

ただしこの研究は、ある時点での感情の傾向と炎症マーカーの高低を照らし合わせた相関研究であり、「畏敬を感じれば炎症が下がる」と因果関係を証明したものではありません。炎症が少ない体調のよい人ほど、日常でポジティブな感情を感じやすいという逆方向の可能性も残されています。awe研究はまだ比較的新しい分野で、参加者数の少ない実験や、追試が十分でない知見も含まれています。数値的な効果を断定せず、あくまで「関連が報告されている」段階として受け止めることが大切です。

畏敬にはポジティブな面と、圧倒される面がある

畏敬というと、感動や高揚感といった心地よいイメージが先に立ちますが、研究上はそれだけではないとされています。心理学者エイミー・ゴードンらが2017年に発表した研究では、竜巻や大規模な事故など、恐怖を伴う出来事に対しても畏敬に近い感情が生じることを示し、これを「脅威ベースの畏敬(threat-based awe)」と呼んで、心地よい畏敬と区別しています。

観点 心地よい畏敬 脅威ベースの畏敬
典型的なきっかけ 星空、大自然、音楽、芸術、他者の善意 自然災害、大規模な事故、圧倒的な権力
状況をコントロールできる感覚 比較的保たれやすい 弱まりやすい
ウェルビーイングとの関連 その場の幸福感の高まりと関連しやすい 幸福感の高まりとは関連しにくい

この区別が示すのは、「圧倒される」という感覚そのものは畏敬に共通していても、そこに恐怖や自分でコントロールできない感覚が強く伴うかどうかで、体験の質が大きく変わるということです。本記事で紹介する日常の畏敬は、基本的に心地よいタイプを指しています。すでに強い恐怖や不安を感じやすい方は、無理に刺激の強い体験を求める必要はありません。

旅に出なくても出会える、日常の畏敬

畏敬というと、絶景を見に海外や秘境へ出かけるイメージを持たれがちですが、研究者たちが注目しているのは、むしろ日常のなかにある小さな畏敬の体験です。日々の暮らしのなかで、次のような入口から出会いやすいと考えられています。

これらに共通するのは、特別な予算や長い休暇を必要としない点です。数分でも「立ち止まって眺める」時間を作れれば、日常のなかで畏敬に触れる機会は増やせると考えられています。

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畏敬を暮らしに取り入れる工夫

歩く時間を「畏敬を探す時間」に変えてみる

いつもの散歩を、意識的に「広がりを探す時間」に変えるだけで、体験の質が変わる可能性があります。神経科学者ヴァージニア・スタームらが2020年に発表した研究では、高齢者を対象に8週間、週1回の散歩を続けてもらい、一方のグループには遠くの景色や木々の大きさなど「広がり」を意識して歩く「畏敬散歩(awe walk)」を、もう一方には通常の散歩を依頼しました。畏敬散歩を行ったグループでは、散歩中の喜びや向社会的な感情がより多く報告され、撮影された写真に写る本人の姿が徐々に小さく写るようになる、笑顔の強さが増していく、といった変化が確認されています。

これは60名規模の一つの介入研究であり、誰にでも同じ効果が再現されると断定はできません。ただ「歩きながら遠くを見渡す」「植物や空を意識的に眺める」といった工夫自体は、費用もリスクもほとんどないため、試してみる価値があると考えられています。

記録して振り返る

畏敬を感じた瞬間を短くメモしておくと、後から振り返りやすくなります。写真を撮る、一行だけ日記に残す、といった簡単な記録で構いません。「何に」「どんなふうに」心が動いたかを言葉にする作業自体が、その体験を意識に残しやすくすると考えられています。

次のうち、できそうなものから取り入れてみてください。

いずれも「効果を出すため」に義務としてこなすのではなく、心地よいと感じる範囲で続けることが大切です。

注意したいこと・受診の目安

畏敬は基本的に心地よい感情として語られますが、無理に刺激の強い体験を追い求める必要はありません。特に強い不安や恐怖を感じやすい状態のときは、脅威ベースの畏敬に近い体験がかえって負担になることもあると考えられています。落ち着いた環境で、心地よく感じられる範囲から始めることをおすすめします。

また、日常のなかで感動や興味を感じにくい状態が長く続く場合、気分の落ち込みや強い疲労感など他の不調のサインが隠れていることもあります。物事に心が動かない状態が2週間以上続く、日常生活に支障が出ているといった場合は、自己判断せず医療機関や専門家に相談することが大切です。

よくある質問

畏敬はマインドフルネスと何が違いますか。

マインドフルネスは「今この瞬間の体験に、評価を加えずに注意を向ける」練習を指すのに対し、畏敬は「圧倒的な広がりに触れたときに生じる感情」そのものを指します。畏敬を感じる場面でマインドフルに注意を向けることは十分に両立しますが、指しているものは別の概念です。

畏敬を感じやすい人と感じにくい人がいますか。

個人差があるとされています。好奇心や新しい経験への開放性が高い人ほど畏敬を感じやすい傾向が報告されていますが、体調や心の状態によっても感じやすさは変わり得ます。感じにくい時期があっても、特別な問題があるとは限りません。

畏敬を感じると本当に健康によいのですか。

向社会的な行動やポジティブな感情との関連を示す研究はありますが、多くは特定の条件下での実験や、ある時点の状態を比較した相関研究です。長期的な健康効果を保証するものではなく、過度な期待は禁物です。

絶景を見に行く時間もお金もありません。それでも意味はありますか。

意味はあると考えられています。研究者たちがむしろ強調しているのは、遠くの雲や身近な植物、音楽といった日常の中にある畏敬の入口です。特別な旅行だけが畏敬の手段ではありません。

まとめ

畏敬(awe)は、圧倒的な広がりに触れたときに生まれる、自分の小ささを心地よく感じられる感情だと考えられています。小さな自己の感覚を通じて向社会的な行動につながる可能性や、炎症マーカーとの関連を示す報告もありますが、いずれも研究途上であり、効果を断定できる段階にはありません。空を見上げる、樹木を眺める、音楽に耳を傾けるといった日常の小さな入口から、無理のない範囲で取り入れてみてください。心が動かない状態が長く続く、強い不安を伴う場合は、自己判断せず医療機関に相談することをおすすめします。

本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の効果効能を保証するものではありません。気分の落ち込みや強い不安が続く場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。

参考文献

編集:Wellstate編集部/監修:準備中