「本当にやりたいことが分からない」「何を大事にして生きればいいのか、漠然としている」。年齢や環境の変化のなかで、こうした感覚に立ち止まる人は少なくありません。結論から言えば、価値観は探して見つける宝物のようなものではなく、日々の選択や行動のなかで少しずつ言葉にし、育てていくものだと考えられています。心理療法の一つであるACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)では、この「価値の明確化」を、行動を導く中心的なプロセスの一つと位置づけています。この記事では、価値観を明確にすることについて以下のポイントを中心に解説します。
- 「価値」と「目標」の違いと、なぜその区別が大切なのか
- 人生の領域ごとに大切にしたいことを棚卸しする具体的な手順
- 価値カードソートなど、今日から一人でも試せるワークのやり方
ぜひ最後までお読みください。
価値観を明確にするとはどういうことか
価値観を明確にするとは、自分の性格や趣味を言い当てることではなく、日々の行動を導く「大切にしたい方向性」を言葉にしていく作業です。ACTでは、価値(values)を、思考や感情を受け入れる「アクセプタンス」、思考から距離を置く「脱フュージョン」、今この瞬間への気づき、行動を実際に起こす「コミットされた行動」などと並ぶ、中心的な要素の一つとして扱っています。これらの要素が組み合わさることで、心理的な柔軟性が育まれると考えられています。
価値とは「たどり着く場所」ではなく、日々の選択を導く「向かう方向」だと考えられています。
ACTにおける価値は、他人からの評価や社会的な成功の指標ではなく、自分自身が選び取る性質のものとされています。次の章では、この価値観と、混同されやすい「目標」との違いを整理します。
「価値」と「目標」の違いを整理する
価値と目標の最大の違いは、目標には終わりがあるのに対し、価値には終わりがないという点です。目標は「達成したかどうか」を判定できる到達点ですが、価値は達成して完了するものではなく、生涯を通じて体現し続ける方向性にあたります。
| 観点 | 価値(Values) | 目標(Goals) |
|---|---|---|
| 性質 | 方向・プロセス | 到達点・状態 |
| 終わり | 達成して完了することがない | 達成すれば完了する |
| 例 | 誠実な人間関係を大切にする | 今年中に資格を取得する |
| 時間軸 | 生涯を通じて体現し続ける | 期限や条件がある |
この違いをよく表す比喩として、価値は歩き続ける「方角」、目標はその途中で通過する「地点」に例えられます。西の方角を目指すという価値があれば、そこに至る道中で川を渡る・山を越えるといった具体的な目標がいくつも生まれます。目標だけを追いかけると、達成したとたんに次に何をすればよいか分からなくなりやすいのに対し、方角としての価値を持っていれば、一つの目標を終えても迷わず次の一歩を選べると考えられています。
大切なものが見つからなくても問題ない理由
「大切なものが分からない」と感じることは、心の欠陥でも意志の弱さでもありません。価値は、行動する前からあらかじめ完成された答えとして頭の中に存在しているとは限らず、実際に何かを試し、その体験を振り返るなかで少しずつ輪郭がはっきりしていくものだと考えられています。
大学生アスリートを対象にした国内の研究では、価値そのものが最初から明確だったかどうかよりも、価値に向かって進んでいる実感や、行動によって活力を感じられているかどうかが、幸福感と関連していたと報告されています。つまり価値は「発見してから動く」だけでなく、「動きながら見えてくる」側面もあるということです。当メディアの別記事生きがいと健康の関係でも、生きがいは壮大な目的でなくてよく、見つからない時期があってもそれ自体は問題ではないと紹介しています。この記事のワークも、正解を当てる作業ではなく、自分に合う方向性を少しずつ探る実験だと捉えていただければと思います。
今の自分が何を大切にしているか実感が薄い方は、無料のセルフチェックで「いま整えたいテーマ」を確認してみるのも一つの方法です。
ワーク1:人生の領域ごとに棚卸しする
価値を明確にする最初のワークは、人生をいくつかの領域に分け、それぞれで大切にしたいことを書き出すことです。一つの領域だけを考えると視野が狭くなりやすいため、複数の領域を並べて眺めることが役立つと考えられています。
| 領域 | 問いかけの例 |
|---|---|
| 家族・パートナーシップ | もし制約がないなら、家族やパートナーとどんな関係を築きたいか |
| 仕事・キャリア | 仕事を通じてどんな人でありたいか、何を大事にして働きたいか |
| 心身の健康 | 自分の心とからだをどのように大切に扱いたいか |
| 学び・自己成長 | どんな知識や経験を積み重ねていきたいか |
| 余暇・地域や社会とのつながり | 楽しみの時間や周囲との関わりに何を求めたいか |
次のうち、できそうなものから取り入れてみてください。
- 領域を書き出す:紙やメモアプリに、上の表を参考に5〜8個ほどの領域を並べる。
- 制約を外して考える:各領域について「もし何も制限がなければ、この領域でどうありたいか」を自由に書く。
- キーワードに絞る:出てきた言葉から、特にしっくりくるものを1〜2語ずつ選ぶ。
- 現状とのズレを確認する:今の生活で、その方向にどれくらい沿えているかを大まかに振り返る。
すべての領域で明確な答えが出なくても構いません。まずは思いつく範囲から書き出すことが、次のワークの材料になります。
ワーク2:価値カードソートのやり方
価値カードソートは、多数の価値観キーワードのなかから、自分にとって重要なものを段階的に絞り込んでいくワークです。カードが手元になくても、紙に言葉を書き出すだけで代用できます。
言葉を用意して仕分ける
まずは30〜40個ほどの価値観の言葉を紙に書き出します。誠実さ、創造性、自由、貢献、学び、安定、挑戦、美しさ、思いやり、達成感などが例として挙げられます。書き出したら「非常に重要」「重要」「あまり重要ではない」の3つの山に仕分けていきます。
絞り込んで方向に言い換える
「非常に重要」の山からさらに5〜7個を選び、単なる単語から一歩踏み込んだ文章に言い換えます。例えば「創造性」であれば「新しいアイデアを恐れずに試す人でありたい」のように、自分の行動につながる表現に直します。仕上がった文章は、1週間ほど日々の選択と照らし合わせ、違和感があれば入れ替えて構いません。価値は一度で完成させるものではなく、生活のなかで磨いていくものと考えられています。
明確にした価値を日々の行動につなげる
価値を明確にしても、日々の行動に落とし込まなければ、絵に描いた餅で終わってしまいます。価値という大きな方向性を、今週・今日という単位の具体的な行動に分解することが、ACTで重視される「コミットされた行動」にあたります。
- 小さな一歩に分解する:「健康を大切にする」という価値なら「今週は3回、20分歩く」のように期限つきの目標に落とす。
- 日々の選択の指針にする:迷ったときに「どちらがこの価値に近いか」を判断材料にする。
- 価値と目標をセットで見直す:目標を達成したら、それがどの価値に沿っていたかを振り返る。
- 変化を前提にする:ライフステージや環境の変化に応じて、価値の表現や優先順位が変わってもよいと考えておく。
完璧に一致させようとせず、できた範囲を認めながら少しずつ続けることが、無理なく価値に沿った生活を続けるコツだと考えられています。
注意点と、専門家に相談したいとき
価値の明確化は自己理解を深める助けになる一方で、いくつか注意しておきたい点もあります。まず、家族や周囲の期待からくる「〜すべき」を、そのまま自分の価値と思い込んでいないか振り返ることが大切です。それが本当に自分の望む方向なのか、「誰の期待に応えようとしているのか」を自問すると見分けやすくなります。
また、価値を掘り下げる過程で、過去のつらい出来事や強い感情が呼び起こされることもあります。無理に一人で向き合おうとせず、気分の落ち込みが続く、何にも関心が持てない状態が2週間以上続くといった変化がある場合は、自己判断せず医療機関や心理職への相談を検討してください。価値観の探求は、心身の状態が整っていることを前提としたワークであり、治療の代わりにはならない点にもご留意ください。
よくある質問
価値観と目標は結局どう使い分ければいいですか。
価値は「向かい続ける方向」、目標は「その途中で達成する地点」として使い分けます。まず価値を言葉にし、それに沿う具体的な目標を期限つきで設定する順番がおすすめです。
価値観がコロコロ変わる気がします。それでも大丈夫ですか。
問題ありません。価値はライフステージや経験によって表現や優先順位が変わってよいものと考えられています。一度決めた価値に縛られすぎず、定期的に見直す前提で扱ってください。
家族の期待と自分の価値観が違う場合はどうすればいいですか。
まずはその期待が本当に自分の望む方向かどうかを切り分けて考えることが役立ちます。両立できる部分と、そうでない部分を整理したうえで、無理のない範囲ですり合わせる方法を探ってみてください。
価値カードソートに正解はありますか。
正解はありません。他人と比べる必要もなく、今の自分にしっくりくる言葉を選ぶことが目的です。時期によって選ぶ言葉が変わっても問題ないとされています。
どうしても大切なものが見つかりません。焦るべきですか。
焦る必要はありません。忙しい時期や心身が疲れている時期は、自分の価値を考える余裕自体が持ちにくいのが自然です。落ち着いたタイミングで、できる範囲から少しずつ取り組んでみてください。
ACTは自分ひとりでも実践できますか、それとも専門家が必要ですか。
この記事で紹介したワーク程度であれば、一人でも取り組めるとされています。ただし強い生きづらさや心の不調を伴う場合は、心理職など専門家のサポートを受けながら進めることが望ましいと考えられています。
まとめ
価値観を明確にするとは、正解を探し当てることではなく、日々の選択を導く方向性を少しずつ言葉にしていく作業です。価値は達成して終わる目標とは異なり、生涯を通じて体現し続けるものと考えられています。人生の領域ごとの棚卸しや価値カードソートといったワークを通じて、大切にしたい方向性の輪郭は少しずつはっきりしていきます。大切なものがまだ見つからなくても、それ自体は問題ではありません。強い不調や心の負担を感じる場合は、自己判断せず医療機関や専門家に相談することが大切です。
本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の効果効能や治療を保証するものではありません。強い生きづらさや気分の落ち込みが続く・つらい場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。
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参考文献
- Hayes SC, Luoma JB, Bond FW, Masuda A, Lillis J. "Acceptance and commitment therapy: Model, processes and outcomes." Behaviour Research and Therapy, 2006.(PubMed)
- Cameron MJ, et al. "Telehealth for Family Guidance: Acceptance and Commitment Therapy, Parent-Focused Preference Assessment..." Behavior Analysis in Practice, 2020.(Valued Living QuestionnaireとBull's-Eye Values Surveyの活用例/PubMed)
- 荒井弘和ほか「自身の価値が明確な大学生アスリートは幸せか?」スポーツ産業学研究, 2023(J-STAGE)
- Morimoto H, Kishita N, Kondo H, Muto T. "Reliability and validity of the Japanese version of the Valued Living Questionnaire Adapted to Caregiving." Clinical Gerontology, 2023.(PubMed)
編集:Wellstate編集部/監修:準備中
