「健康経営を始めろと言われたが、何から手をつければいいのか分からない」「認定は取れたのに、社員の疲れている顔は去年と変わらない」「ウォーキングイベントをやってみたが、参加するのはもともと元気な人ばかりだった」。健康経営の担当になった方から、こうした声をよく聞きます。結論から言えば、健康経営は「認定を取る活動」ではなく「働き方が体に与えている負荷を減らす活動」であり、この2つを混同すると施策は形だけ残って効果が出にくくなると考えられています。この記事では、健康経営の定義と認定制度の全体像、認定と実際の健康状態が乖離する理由、体の仕組みから見て効きやすい施策の見分け方、そして2028年に迫る中小企業向けの法改正までを順に整理します。

健康経営とは何か(定義と背景)

健康経営とは、経済産業省の説明によれば、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、健康の保持・増進につながる取組を戦略的に実践することを指します。ポイントは「経営的な視点で」という部分です。福利厚生として健康診断を実施することと、健康状態を経営指標として扱うことは、目的も測り方も異なります。

背景にあるのは、人手不足と高齢化です。採用でも定着でも競争が厳しくなるなかで、いま在籍している人が持てる力を発揮できているかどうかが、そのまま組織の生産量に響きます。加えて、心身の不調による労災の認定件数は増加傾向にあります。厚生労働省が令和7年6月に公表した令和6年度の状況では、精神障害の労災請求件数が3,780件(前年度比205件増)、支給決定件数が1,056件(同173件増)となっています。

健康経営が問うているのは「福利厚生を増やしたか」ではなく、「働き方が体に強いている負荷を減らせたか」です。

つまり健康経営は、休憩室を充実させる話ではなく、労働時間・裁量・人間関係・睡眠といった、体に直接効く変数を経営の意思決定で動かす話だと考えられています。そう捉えると、どの施策に効果が期待できるかの見当がつきやすくなります。

健康経営優良法人認定制度の全体像

健康経営優良法人認定制度は、特に優良な健康経営を実践している法人を「見える化」する目的で、2016年度に経済産業省が創設した制度です。評価基準に基づき、日本健康会議が認定します。部門は規模で分かれており、上位法人にはさらに冠称が付きます。

部門 2026年の認定法人数 上位法人の冠称
大規模法人部門 3,765法人 上位法人に「ホワイト500」
中小規模法人部門 23,085法人 上位500法人に「ブライト500」、501〜1500位に「ネクストブライト1000」

2026年3月9日に発表された「健康経営優良法人2026」は第10回にあたり、前年(大規模3,400法人、中小規模19,796法人)から両部門とも大きく増えました。中小規模法人部門が2万を超えた事実は、この制度がすでに大企業だけのものではなくなっていることを示しています。

認定を受けると、従業員や求職者、取引先、金融機関から評価を受けやすくなる環境が整うとされています。採用広報で使える、自治体の入札や金融機関の優遇で有利になることがある、といった実務上の利点は確かにあります。ただし、それは制度が用意している「入口」であって、社内の健康状態が改善したことの証明ではありません。

「認定が取れた」と「健康になった」は別の話

認定の要件は、体制の整備や施策の実施を確認する形が中心です。裏を返せば、実施した事実があれば要件は満たせます。ここに、施策が形だけ残る余地が生まれます。担当者の方が感じている「やっているのに変わらない」の正体は、多くの場合この構造にあります。

元気な人しか参加しない

ウォーキングイベント、運動教室、健康セミナー。任意参加の施策は、もともと健康意識が高く、時間の余裕がある人に偏りやすい傾向があります。本当に負荷がかかっている人ほど、参加する時間も気力も残っていません。参加率が高く見えても、届けたい層に届いていないことがあります。

個人の努力に転嫁している

「よく眠りましょう」「運動しましょう」という啓発は、それ自体は正しくても、22時まで働いている人には実行できません。働き方を変えずに個人の心がけを求めると、できない人が自分を責める結果になりやすく、かえって消耗を招くことがあります。健康経営が経営の話とされているのは、個人の意志では動かせない変数を動かせるのが経営だからです。

測っているものが行動に結びついていない

健康診断の受診率や有所見率だけを追っていると、「数値は把握しているが打ち手が決まらない」状態になりがちです。近年は、欠勤(アブセンティーイズム)だけでなく、出勤していても不調で本来の力を発揮できていない状態(プレゼンティーイズム)が注目されています。腰痛や肩こり、睡眠不足、花粉症のような「休むほどではない不調」が、稼働時間あたりの成果を静かに削っているという見方です。

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体の仕組みから見た、効きやすい施策の見分け方

どの施策に投資するかを決めるとき、「体にとって何が起きているか」から逆算すると判断しやすくなります。次の4つは、体の側から見て負荷が大きい変数です。ここが動く施策は効きやすく、ここに触れない施策は形だけになりやすいと考えられています。

逆に言えば、労働時間・シフト・連絡ルール・会議設計に一切触れずに、セミナーやアプリの導入だけを重ねる構成は、効果が出にくい可能性があります。予算配分を考える際は、「この施策は上の4つのどれを動かすのか」を一度書き出してみると、抜けが見えやすくなります。

中小企業がいま準備すべきこと(2028年の義務化)

2025年5月14日に労働安全衛生法等の改正法が公布され、これまで努力義務だった従業員50人未満の事業場にも、ストレスチェックの実施が義務づけられることになりました。施行は2028年4月1日です。現在50人未満で対象外だった事業場も、準備期間はあと2年ほどということになります。

ストレスチェックは「実施すること」自体が目的ではなく、集団分析の結果を職場環境の改善につなげるところに意味があるとされています。実施だけして結果を活用しない運用は、先ほどの「形だけ残る施策」の典型になりやすいため、導入時から次の点を決めておくと運用が回りやすくなります。

健康経営優良法人の認定を目指す場合も、この法改正への対応は土台になります。制度対応と健康経営を別々の取り組みとして走らせるより、同じ設計の中に置いたほうが、担当者の負担も小さくなります。

受診・相談の目安

組織の施策とは別に、個々の不調には医療の判断が必要な場面があります。強い倦怠感が続く、眠れない日が2週間以上続く、気分の落ち込みで日常生活に支障が出ている、動悸や胸の痛みがあるといった場合は、自己判断せず医療機関に相談することが大切です。

職場に産業医や保健師がいる場合は、まずそこに相談する方法もあります。50人未満の事業場では産業医の選任義務がないことが多いため、その場合は地域産業保健センターなど、国が用意している無料の相談窓口を利用できることがあります。管理職の方は、部下の様子に変化を感じたときに「頑張れ」と励ますのではなく、相談先につなぐことを優先してください。

よくある質問

健康経営優良法人の認定を取れば、社員の健康状態は良くなりますか?

認定は取り組みの体制や実施状況を評価するもので、健康状態の改善を保証するものではありません。認定を目標にすると要件を満たすことが目的化しやすいため、労働時間や睡眠、ストレス反応といった実際の負荷が減ったかどうかを、別途の指標として追うことが望ましいと考えられています。

予算が限られています。何から着手すべきですか?

費用がかからず効果が期待しやすいのは、労働時間の実態把握と、夜間・休日の連絡ルールの明文化です。どちらも新しい支出を伴いません。長時間労働が常態化している部署がある場合は、そこへの人員配置や業務量の見直しが、どのような健康施策よりも先に来ると考えられています。

プレゼンティーイズムはどう測ればよいですか?

出勤していても不調で本来の力を発揮できていない状態を指し、質問票を用いて自己申告で把握する方法が知られています。導入する場合は、測定すること自体より、結果をどの意思決定に使うかを先に決めておくと運用が続きやすくなります。測り方の選定に迷う場合は、産業保健の専門家に相談してください。

50人未満ですが、2028年より前に始めたほうがよいですか?

義務化の施行は2028年4月1日ですが、施行後は準備期間がありません。厚生労働省から小規模事業場向けの実施マニュアルも公表されており、試験的に実施して運用の勘所をつかんでおくと、施行時の負担が小さくなると考えられています。

健康施策への参加を全社員に義務づけてもよいですか?

参加を強制すると、それ自体が新たな負担やストレスになることがあります。特に健康情報の取得は本人の同意が前提となる領域が多く、扱いには注意が必要です。参加率を上げたい場合は、強制ではなく「業務時間内に実施する」「移動を伴わない形にする」など、参加のコストを下げる方向で設計するほうが現実的です。

まとめ

健康経営は、従業員の健康管理を経営的な視点で捉え、戦略的に取り組む考え方です。健康経営優良法人認定制度は2016年度に創設され、2026年には大規模法人部門3,765法人、中小規模法人部門23,085法人が認定されるまでに広がりました。一方で、認定の要件を満たすことと、実際に働く人の負荷が減ることは別の話です。労働時間の絶対量、睡眠の量と時間帯、ストレス反応の持続、座位時間という4つの変数に触れる施策かどうかを基準にすると、投資の優先順位がつけやすくなります。2028年4月には50人未満の事業場にもストレスチェックが義務化されるため、いまから体制を整えておくことが、制度対応と健康経営の両方の土台になります。

本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の効果効能や治療を保証するものではありません。強い倦怠感や気分の落ち込み、不眠が続く場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。

参考文献

編集:Wellstate編集部/監修:準備中