「会議中にチャットの通知が気になって、話の内容が頭に入らない」「資料を作りながらメールにも目を通しているのに、なぜか両方とも進みが悪い」。仕事や勉強でこうした感覚を覚えたことがある方は、少なくないのではないでしょうか。結論から言えば、人の脳は複数の作業に同時に注意を向けているわけではなく、実際には短い時間で作業を切り替えており、その切り替え自体に時間と正確さのコストがかかることが、実験的によく確かめられています。

本記事では、マルチタスクについて以下のポイントを中心に解説します。

ぜひ最後までお読みください。

マルチタスクとは何か:脳は本当に「同時」に処理しているか

マルチタスクと呼ばれる状態の多くは、複数の作業を同時に処理しているのではなく、短い間隔で一つの作業から別の作業へと注意を切り替えている状態だと考えられています。歩きながら音楽を聴く、洗濯物をたたみながら電話で近況を話すといった組み合わせは、片方または両方が「意識してあれこれ判断しなくてもできる」慣れた作業のため、支障が出にくいとされています。

一方で、文章を作りながらチャットに返信する、資料を読みながら会話の内容も理解しようとするといった組み合わせは、どちらも判断・記憶・言葉の選択といった意識的な処理を必要とします。この場合、脳は二つの作業に注意を分け合っているのではなく、片方に注意を向けている間はもう片方の処理がほぼ止まっていると考えられています。

「同時にこなしている」ように感じても、脳の中では作業と作業のあいだを行き来する切り替えが起きていると考えられています。

この切り替えそのものに時間がかかり、切り替えた直後は反応が遅くなったりミスが増えたりすることが、心理学の実験で繰り返し確認されています。次章で、その代表的な実験を紹介します。

切り替えコストとは何か:課題切り替えの実験が示すこと

課題切り替え(タスクスイッチング)の実験は、二つの単純な作業(例えば数字を偶数・奇数で分類する作業と、文字を母音・子音で分類する作業)を交互に行わせ、同じ作業を続ける場合と比べて反応時間や誤答率がどう変わるかを調べる手法です。米ミシガン大学のRubinsteinらが2001年に発表した研究では、作業を切り替えた直後は反応が遅くなる「切り替えコスト」が生じ、そのコストは切り替えるルールが複雑になるほど大きくなる一方、次に何をするかを事前に知らせる合図があると小さくなることが報告されています1

認知心理学者Monsellによる2003年のレビューでも、切り替え直後の反応は明らかに遅く誤りも増えること、事前に準備する時間を与えても切り替えコストは完全にはなくならないことがまとめられています2。これらの研究は、実験室内での単純作業を対象にしたものですが、「切り替え自体にコストがかかる」という結論は、複数の研究で繰り返し確認されている頑健な知見だとされています。

「生産性が40%落ちる」という数字の扱い方

マルチタスクに関する話題では、「切り替えの影響で生産性が最大40%失われる」という数字がよく引用されます。この数字は、注意力研究で知られるミシガン大学の心理学者David Meyer氏の見解として、米国心理学会(APA)が自団体のウェブサイトで紹介しているものです3

ただし、この40%という数値がどの実験の、どのようなデータから算出されたものかは、APAの記事自体でも具体的な論文としては特定されていません。研究者の見解として紹介されている数字であり、あらゆる作業に一律に当てはまる厳密な測定値ではないと捉えるのが妥当です。数字の大小そのものより、「切り替えには無視できないコストがかかる」という方向性を押さえておくことが実務上は重要です。

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メディア・マルチタスキング研究をどう読むか

「ふだんから複数のメディアを同時に使う人ほど、無関係な情報に注意を奪われやすい」とする研究が2009年にOphirらによって報告され、大きな注目を集めました4。この研究は、メディア・マルチタスキングの頻度が高い人ほど、実験課題で不要な情報のフィルタリングが苦手だったと報告するものです。

ただし、その後に行われた追試では、同じ関連が必ずしも再現されないケースも報告されています。2017年に発表された追試とメタ分析では、媒体マルチタスキングの頻度と注意制御の関係について、研究間で結果が一貫していないことが指摘されました5。したがって、「メディアを複数使う人ほど注意力が低い」と一律に断定するのは早計だと考えられます。関連はあるかもしれないが、まだ議論が続いているテーマだ、という受け止め方が現時点では妥当です。

得意に見える人、苦手に感じる人の違い

「自分はマルチタスクが得意」と感じる方は少なくありませんが、その実感自体は否定されるものではありません。ポイントは、どんな作業を組み合わせているかです。慣れきっていて意識的な判断をあまり必要としない作業同士は、並行して行っても互いへの影響が小さいと考えられています。一方、判断・記憶・言語化などの注意資源を要する作業同士を組み合わせると、切り替えコストの影響を受けやすくなります。

作業の種類 特徴 並行作業との相性
自動化された作業 習熟していて、意識的な判断をあまり要さない 並行して行っても影響が出にくいと考えられています
注意資源を要する作業 判断・記憶・言語化など意識的な処理を要する 同時に行うと双方の精度や速度が落ちやすいと考えられています

「マルチタスクが得意な人もいる」という実感は、慣れた作業を組み合わせる場面での経験を指していることが多いと考えられます。一方、資料作成とチャット対応のように注意資源を奪い合う組み合わせでは、得意・不得意にかかわらず切り替えコストの影響を受けやすい、と整理すると矛盾なく理解できます。

切り替えを減らす設計:通知・時間割・区切り方

切り替えコストへの向き合い方は、意志の力で集中し続けようとすることではなく、切り替えの回数そのものを減らせる環境を設計することだと考えられています。次のうち、できそうなものから取り入れてみてください。

すべてを一度に変える必要はありません。通知の頻度など、負担の少ないところから試し、無理なく続けられる形を探すことが大切です。

注意したいこと・受診の目安

切り替えを減らす工夫を試しても集中しづらい状態が長く続く場合や、忘れっぽさ・落ち着きのなさが仕事や生活に大きな支障を及ぼしている場合は、睡眠不足やストレス、あるいは他の要因が関わっている可能性もあります。自己判断だけで抱え込まず、医療機関や専門家に相談することも選択肢の一つです。

よくある質問

マルチタスクが得意な人と苦手な人がいるのはなぜですか。

組み合わせている作業の種類が影響していると考えられます。慣れた自動化された作業同士なら並行しやすく、判断や記憶を要する作業同士では誰でも切り替えコストの影響を受けやすいとされています。

切り替えコストはどのくらいの時間ですか。

実験の内容や作業の複雑さによって幅があり、一律の数値では示せません。「生産性が40%落ちる」という数字も研究者の見解として紹介されているものであり、厳密な測定値としては扱わないほうが無難です。

BGMを聴きながら作業するのもマルチタスクになりますか。

歌詞のない音楽や聴き慣れた音楽であれば、注意資源をあまり奪わないため影響は小さいと考えられています。一方、内容を意識して聞き取る必要がある音声(ニュースや通話など)は、作業内容と干渉しやすい傾向があります。

通知はすべてオフにするしかありませんか。

すべてを遮断する必要はありません。緊急連絡だけは通す設定にしつつ、それ以外はまとめて確認する時間を決めるなど、段階的な調整で十分効果を感じられる場合があります。

家事や育児など、そもそも切り替えを減らせない場面はどうすればいいですか。

すべての切り替えをなくすことは現実的ではありません。優先度の高い作業の前後だけでも通知を減らす、区切りのメモを残すなど、部分的に取り入れるだけでも負担の軽減につながると考えられています。

まとめ

マルチタスクの多くは同時処理ではなく高速な切り替えであり、切り替え自体に時間と正確さのコストがかかることが実験的に確かめられています。「生産性が40%落ちる」という数字は出典をたどれる一方、厳密な測定値というより研究者の見解として扱うのが妥当です。メディア・マルチタスキングと注意力の関連についても、研究間で結果が一致しておらず、断定は避けるべきテーマです。実務では、通知やバッチ処理、シングルタスクの時間帯といった環境の設計で切り替えの回数を減らすことが現実的な対策になります。集中しづらい状態が長引く場合は、無理をせず医療機関や専門家に相談することも検討してください。

本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の効果効能や治療を保証するものではありません。集中力の低下やマルチタスクによる不調が続く・つらい場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。

参考文献

編集:Wellstate編集部/監修:準備中