「さっき言われたことを、もう思い出せない」「作業を中断されると、どこまで進めていたか分からなくなる」「話を聞きながらメモを取ると、どちらも中途半端になる」。こうした感覚は、意志の弱さや注意力不足のせいというより、ワーキングメモリという脳のはたらきの限界が関係していると考えられています。結論から言えば、ワーキングメモリは容量が限られた「作業台」のような仕組みで、載せる量を増やす努力よりも、載せる量そのものを減らす設計のほうが現実的で、効果を実感しやすいと考えられています。本記事では、ワーキングメモリについて以下のポイントを中心に解説します。

ぜひ最後までお読みください。

ワーキングメモリとは何か

ワーキングメモリとは、目の前の作業に必要な情報を数秒から数十秒のあいだ保持しながら、同時に処理するための脳のはたらきです。作業記憶とも呼ばれます。

単に情報を覚えておくだけの「短期記憶」とは区別して考えられています。聞いた電話番号をそのまま復唱するのは短期記憶に近い働きですが、聞いた数字を逆順に言い直す、暗算をしながら会話を続けるといった作業には、情報を保持しつつ操作するワーキングメモリが使われていると考えられています。

料理にたとえると分かりやすいかもしれません。レシピを何冊も本棚にしまっておくのが長期記憶だとすれば、ワーキングメモリは今まさに調理している最中、まな板の上に広げておける食材の量にあたります。まな板が広ければ多くの工程を並行して進められますが、広さには限りがあり、載せすぎれば作業台からこぼれ落ちてしまいます。

ワーキングメモリは記憶を貯め込む倉庫ではなく、今使う情報だけを載せる小さな作業台です。載せる量を増やすより、載せる量を減らす工夫のほうが現実的だと考えられています。

では、この作業台には、実際どのくらいの容量があるのでしょうか。次の章で、仕組みと容量について整理します。

仕組みと容量:マジックナンバーは「4±1」が現在の見方

ワーキングメモリは、単一の機能というより、複数の下位システムが連携して働く仕組みだと考えられています。心理学者アラン・バドリーらが提唱したモデルでは、次の4つの構成要素が想定されています。

構成要素 主な役割 たとえ
音韻ループ 音声情報を一時的に保持し、心の中で復唱して保つ 電話番号を頭の中で唱え続ける
視空間スケッチパッド 視覚・空間の情報を保持し、イメージとして操作する 道順を頭の中に思い浮かべる
中央実行系 注意を配分し、複数の処理を調整する司令塔の役割 話しながら資料をめくる順番を管理する
エピソードバッファ 複数の情報をひとつのまとまりに統合する 会話の文脈と資料の内容をつなげて理解する

これらが連携して働くことで、私たちは「聞きながらメモを取る」「話しながら暗算する」といった同時処理をこなしていると考えられています。ただし、この作業台に載せられる情報の量には、明確な上限があるとされています。

かつては、心理学者ジョージ・ミラーが1956年に発表した「マジックナンバー7±2」という説が広く知られていました。人が一度に保持できる情報は7個前後という考え方です。ただしこの数字は、覚える情報をまとめる「チャンク化」やリハーサルの効果を十分に除いた条件での測定ではなかったと、後の研究で指摘されています。

その後、心理学者ネルソン・コーワンらによる整理では、チャンク化やリハーサルの効果を統制した条件下での容量は、4個前後(4±1)にとどまるとされています。現在では、こちらの見方のほうが実態に近いと考えられています。つまり、私たちが同時に正確に扱える情報のかたまりは、思っているよりずっと少ないということです。

載せられる量が限られているとすれば、日常のどんな場面でこの作業台があふれやすくなるのでしょうか。次の章で整理します。

日常生活で負荷が増えやすい場面

ワーキングメモリの負荷は、次のような場面で増えやすいと考えられています。一つずつは些細でも、重なり合うことで作業台があふれ、うっかりミスや物忘れにつながりやすくなります。

要因 起こりやすいこと 背景
マルチタスク・作業の切り替え 前の作業内容を思い出すのに時間がかかる 中断のたびに作業台を組み直す負担がかかる
通知・声かけによる割り込み 集中していた内容が抜け落ちる 注意を配分する中央実行系に負荷がかかる
睡眠不足・疲労 うっかりミスや物忘れが増える 睡眠不足は記憶力の低下につながると報告されている
情報量そのものの多さ 覚えることが多く感じ、優先順位がつけにくい 作業台に載る量に上限があるため、単純にあふれやすい

これらの要因の多くは、能力そのものが低下しているというより、作業台に一時的に載っている情報量が増えている状態だと捉えることができます。だとすれば、対策の方向性も「増やす」より「載せる量を減らす」ことに絞られます。次の章から、具体的な設計を3つの切り口で紹介します。

負荷を減らす設計(1):外部化する

最も効果を実感しやすいのは、頭の中で覚えておく代わりに、情報を外部に書き出す工夫です。

頭の中の作業台を空ける

やることリストやメモは、単なる備忘録ではなく、ワーキングメモリの空き容量をつくるための道具と捉えることができます。頭の中で「あれもやらなければ」と保持し続けている間、その分だけ作業台の容量は圧迫されていると考えられています。

書き出す先を一つに絞る

付箋・アプリ・手帳が乱立すると、今度は「どこに書いたか」を覚えておく負担が生まれます。書き出す場所を一つか二つに絞り、迷わず参照できる状態にしておくことが大切です。

自分がどんな場面で作業台があふれやすいか気になる方は、無料のセルフチェックで「いま整えたいテーマ」を確認できます。

負荷を減らす設計(2):チャンク化して載せる量を減らす

チャンク化とは、複数の情報をひとまとまりにして、作業台に載る「かたまりの数」を減らす工夫です。

数字や手順をまとめて覚える

電話番号を1桁ずつではなく3〜4桁の塊で覚えるように、情報はまとめるほど少ないかたまりとして扱いやすくなります。作業手順も「準備・実行・確認」のように大きな塊に整理すると、細部を逐一保持せずに済みます。

チェックリスト化して判断の数を減らす

毎回考えて判断する作業は、それ自体が作業台の容量を使います。定型化できる作業はチェックリストにしておくと、判断の一部を外部化でき、残りの容量を今必要な作業に振り向けやすくなります。

負荷を減らす設計(3):割り込みを減らす環境をつくる

通知や声かけによる中断は、作業台に載っていた情報を一度崩し、また組み直す手間を発生させます。

通知をまとめて処理する

スマートフォンやパソコンの通知は、届くたびに注意を引きつけ、作業台の一部を奪います。通知を一定時間ごとにまとめて確認する設定に変えるだけでも、中断の回数そのものを減らせます。デジタル機器との付き合い方全体を見直したい場合は、あわせて読みたい欄のデジタルデトックスに関する記事も参考にしてください。

一度に一つの作業に絞る

複数の作業を並行させるほど、作業台には複数の情報が同時に載り続けます。可能な範囲で作業を一つずつ区切って進めるほうが、載せる情報の量を抑えやすいと考えられています。

次の章では、こうした設計の話とあわせて、しばしば話題になる「トレーニングで鍛えられるか」という問いと、注意したいサインについて整理します。

「鍛える」はどこまで有効か、そして注意したいサイン

「ワーキングメモリは鍛えられるのか」という問いには、慎重な答え方が必要です。

脳トレアプリやワーキングメモリ課題を反復するトレーニングでは、訓練した課題そのものの成績は向上しやすいことが報告されています。一方で、その効果が訓練していない別の課題や、仕事・学業といった日常生活の場面にまで広がる(般化する)かどうかについては、研究者の間でも見解が分かれており、はっきりした結論は出ていません。効果を保証するような表現には注意が必要です。

そのため本記事では、能力そのものを底上げすることよりも、これまで紹介した外部化・チャンク化・割り込みを減らすといった、負荷を減らす設計を優先することをすすめています。仕組み上の限界を前提に環境を整えるほうが、再現性のある工夫だと考えられるためです。

なお、もの忘れが以前より明らかに増えた、同じことを何度も尋ねる、日常生活に支障が出ているといった変化がある場合は、加齢に伴う自然な物忘れの範囲を超えている可能性があります。自己判断で様子を見続けず、早めに医療機関に相談することが大切です。

よくある質問

ワーキングメモリと短期記憶はどう違いますか?

短期記憶は情報をそのまま一時的に保つ働きを指すのに対し、ワーキングメモリは保持した情報を同時に操作・処理する働きを含む点が異なると考えられています。暗算をしながら会話を続けるような場面は、後者の典型例です。

マジックナンバー7±2という説は、もう古いのですか?

現在では、リハーサルやチャンク化の効果を除いた条件での容量は、4個前後(4±1)とする見方が主流になっています。7±2は、当時の測定条件による面が大きかったと指摘されています。

ワーキングメモリはトレーニングで鍛えられますか?

訓練した課題の成績は向上しやすいものの、その効果が別の課題や日常生活にまで広がるかどうかは、研究者の間でも意見が分かれています。断定的な効果をうたう情報には注意が必要です。

子どもと大人でワーキングメモリの働きに違いはありますか?

一般に、ワーキングメモリの容量は発達とともに増加し、成人期以降は緩やかに変化していくと考えられています。個人差も大きいため、年齢だけで一律に判断することは適切ではありません。

物忘れが増えたと感じたら、まず何をすればよいですか?

生活リズムの乱れや睡眠不足が背景にある場合もあるため、まずは睡眠や休養を見直すことが出発点になります。それでも改善がみられず、日常生活に支障が出ている場合は、早めに医療機関に相談してください。

マルチタスクは避けたほうがよいですか?

常に避ける必要はありませんが、複数の作業を同時に進めるほど作業台に載る情報が増えやすくなります。優先度の高い作業は、できる範囲で一つずつ区切って進めるほうが、負荷を抑えやすいとされています。

まとめ

ワーキングメモリは、目の前の作業に使う情報だけを載せる、容量の限られた作業台のような仕組みです。かつて言われていた「7±2」より少ない「4±1」程度が、現在の主流な見方とされています。マルチタスクや通知による割り込み、睡眠不足は、この作業台の負荷を増やす要因になりやすいと考えられています。能力そのものを鍛える効果には未解明な部分が多いため、外部化・チャンク化・割り込みを減らすといった、載せる量を減らす設計を日常に取り入れることが現実的な対策です。もの忘れが明らかに増えた、日常生活に支障が出ているといった変化がある場合は、自己判断せず早めに医療機関に相談してください。

本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の効果効能や治療を保証するものではありません。もの忘れや認知機能の変化が続く・気になる場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。

参考文献

編集:Wellstate編集部/監修:準備中