「人の名前がとっさに出てこない」「約束をうっかり忘れてしまった」。こうした場面が増えると、「これは年のせいだろうか、それとも何か別のことが起きているのだろうか」と不安になる人は少なくありません。結論から言えば、多くの物忘れは加齢に伴う自然な変化の範囲内とされていますが、忘れ方の性質や日常生活への影響の出方によっては、早めに相談したほうがよい場合もあります。本記事では、加齢による物忘れについて以下のポイントを中心に解説します。

ぜひ最後までお読みください。

加齢による物忘れとは——多くの人に起こる自然な変化

加齢による物忘れは、脳の働き方が年齢とともに緩やかに変化することで生じると考えられています。新しい情報を覚えるスピードや、必要なときに記憶を取り出す速さが、若い頃に比べてゆっくりになる傾向があるとされています。

この変化そのものは、多くの人に共通して起こるものであり、それ自体が病気を意味するわけではありません。人の名前や物の置き場所を思い出すのに時間がかかっても、ヒントがあれば思い出せたり、後から自然に思い出したりする場合は、年相応の変化の範囲内とされています。

「うっかり忘れる」ことと「体験そのものを忘れる」ことは、似ているようで大きく違うと考えられています。

一方で、忘れ方の性質が変わってきたと感じる場合や、日常生活に支障が出てきた場合には、単なる年相応の変化とは異なる可能性も考えられます。次の章で、その見分け方の目安を具体的に整理します。

「年相応の物忘れ」「MCI」「認知症」の違い

この3つを分ける代表的な視点の一つが、忘れ方の性質です。国立長寿医療研究センターの解説では、年相応の物忘れは「体験の一部を忘れたり、物の置き忘れ」といった部分的な忘れ方であるのに対し、認知症では「体験そのものを忘れる」といった忘れ方が代表的だとされています。

たとえば、昨日の夕食に何を食べたかを思い出せないのは体験の一部の物忘れですが、夕食をとったこと自体を覚えていない場合は、体験そのものを忘れている状態にあたると考えられます。この違いは、自己判断のための基準ではなく、あくまで目安として理解しておくとよいでしょう。

MCI(軽度認知障害)は、この2つの中間に位置づけられる状態です。国立長寿医療研究センターは、MCIについて「認知症そのものではありません。しかし健常な状態でもありません」と説明しています。物忘れの自覚があり、家族など周囲も変化に気づく一方で、日常生活は基本的に自立して送れているのがMCIの特徴とされています。

状態 忘れ方の傾向 日常生活への影響
年相応の物忘れ 体験の一部を忘れる。ヒントで思い出せることが多い 基本的に支障はない
MCI(軽度認知障害) 物忘れの自覚があり、周囲も気づき始める 多くの場合、自立した生活は保たれる
認知症 体験そのものを忘れる。同じことを繰り返し言う・尋ねる 判断力や見当識も影響を受け、生活に支障が出やすい

この表はあくまで一般的な傾向の整理であり、自己診断のためのチェックリストではありません。実際の状態は、医療機関での問診や検査を通じて判断されるものです。気になる変化がある場合は、この表だけで結論を出さず、専門家に相談することが大切です。

見過ごしたくない「治療可能な原因」

物忘れの背景には、加齢とは別の、治療可能な原因が隠れている場合があります。ここを知っているかどうかで、対応が大きく変わる可能性があります。

「治る認知症」と呼ばれる原因

国立長寿医療研究センターは、慢性硬膜下血腫、正常圧水頭症、甲状腺疾患、ビタミン欠乏などによって生じる認知症を「治る認知症」と呼んでいます。これらは、原因となっている病気を治療することで、認知機能の状態が改善する可能性があるとされています。

慢性硬膜下血腫は、頭部への軽い衝撃をきっかけに脳の表面にゆっくりと血液がたまる状態です。正常圧水頭症は脳の中に髄液がたまり、歩行障害や排尿の変化を伴うことがあります。甲状腺機能低下症やビタミンB12欠乏は、血液検査によって比較的簡単に見つけられる原因とされています。

薬の影響や、うつ病による「仮性認知症」

服用中の薬が物忘れのような症状に関わっていることもあります。睡眠薬や抗不安薬など一部の薬は、副作用として記憶や集中力に影響を与える場合があるとされ、服薬内容の見直しで改善することもあります。

また、うつ病によって記憶力や集中力が低下し、認知症のように見える状態は「仮性認知症」と呼ばれることがあります。気分の落ち込みや意欲の低下が先行している場合、記憶の問題だけに注目せず、心の状態もあわせて相談することが役立つと考えられています。

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早期受診には、どんな価値があるのか

早期受診の価値は、「治療可能な原因を見つけられる可能性がある」ことに集約されます。前章で触れた甲状腺の病気やビタミン欠乏、慢性硬膜下血腫などは、放置すれば進行する一方、早く見つかれば改善が期待できる場合があるとされています。

仮に加齢による変化やアルツハイマー型認知症であった場合でも、早期の診断には意味があると考えられています。国立長寿医療研究センターのQ&Aでは、症状が「たまに」ではなく「常にある」場合や、悪化している場合、ヒントがあっても思い出せない場合は、専門医療機関への受診が推奨されるとされています。早い段階で状態を把握できれば、進行の緩やかさを保つための対応を早く始められ、本人や家族が今後の生活や介護について備える時間も生まれます。

「歳のせいだから様子を見よう」と先延ばしにするより、一度専門家に確認しておくほうが、結果として安心につながりやすいといえるでしょう。受診したからといって、必ず重い病気が見つかるわけではありません。多くの場合、年相応の変化であることが確認され、それ自体が安心材料になることもあります。

相談先の選び方

相談先に迷う場合は、まず身近な窓口から動き出すのが現実的です。厚生労働省は、認知症に関する相談先として複数の窓口を紹介しています。

本人が受診を嫌がる場合は、まず家族だけで地域包括支援センターに相談する方法もあります。一人で抱え込まず、身近な窓口に早めにつながることが、結果的に本人と家族の負担を減らすことにつながると考えられています。

日常生活でできること

ここまで見てきた通り、物忘れが気になるときの基本は「専門家に相談すること」です。そのうえで、日常生活の中で関連が指摘されている取り組みもあります。次のうち、できそうなものから取り入れてみてください。

2024年に発表された国際的な医学専門委員会の報告では、難聴や運動不足、社会的孤立などを含む複数の修正可能な要因が、認知症全体の一定割合に関連している可能性が示されています。ただし、これらはあくまで関連が指摘されている段階の知見であり、特定の行動が認知症を確実に防ぐと断定されているわけではない点には注意が必要です。

よくある質問

物忘れが心配なとき、まず何科を受診すればよいですか。

まずはかかりつけ医への相談が現実的な入り口です。かかりつけ医がいない場合は、地域包括支援センターに相談すると、適切な医療機関やもの忘れ外来を紹介してもらえることがあります。

家族の物忘れが心配ですが、本人が受診を嫌がります。どうすればよいですか。

本人抜きで、まず家族だけが地域包括支援センターに相談する方法があります。専門家から本人への声かけの仕方について助言を得られる場合もあります。

MCIと診断されたら、必ず認知症になりますか。

MCIは認知症そのものではなく、健常な状態でもない中間的な段階とされています。その後の経過には個人差があり、必ず認知症に進むと決まっているわけではありません。定期的な経過観察が勧められることが一般的です。

もの忘れ外来では、どのようなことをするのですか。

問診や認知機能検査に加え、血液検査や画像検査(MRIなど)を組み合わせて、物忘れの背景にある原因を確認していきます。治療可能な原因が隠れていないかを調べることも、重要な目的の一つです。

治療可能な認知症とは、具体的にどのくらいの割合を占めるのですか。

甲状腺の病気やビタミン欠乏、慢性硬膜下血腫、正常圧水頭症などが原因の「治る認知症」は、認知症全体の中では一部にとどまるとされています。ただし、見逃されやすく、検査をしなければ分からないため、専門機関での確認には意味があると考えられています。

何歳くらいから物忘れを気にし始めるべきですか。

年齢そのものより、忘れ方の変化や日常生活への支障の有無に注目することが大切です。年齢を問わず、体験そのものを忘れる、同じ質問を繰り返す、といった変化に気づいたときが相談のタイミングと考えられています。

まとめ

加齢による物忘れの多くは自然な変化の範囲内とされていますが、体験の一部を忘れるのか、体験そのものを忘れるのかという違いは、MCIや認知症を考えるうえでの一つの目安になります。物忘れの背景には、甲状腺の病気やビタミン欠乏、慢性硬膜下血腫など、治療可能な原因が隠れていることもあります。気になる変化が続く場合や、日常生活に支障が出てきた場合は、自己判断で結論を出さず、かかりつけ医やもの忘れ外来、地域包括支援センターなど身近な窓口に早めに相談することが大切です。

本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の疾患の診断・治療を保証するものではありません。物忘れについて不安がある場合や、日常生活に支障が出てきた場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。

参考文献

編集:Wellstate編集部/監修:準備中